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女子マラソンイベントとナイキの戦略

アメリカの夏は「ランニングサマー」

アメリカの夏はアウトドア・トラックスポーツのシーズンだ。1月のBCS(アメリカンフットボール全米選手権)の喧噪が終わり、3月のマーチ・マッドネス(バスケットボール全米選手権)の熱狂が去ると、いよいよ本格的サマー・アウトドア・スポーツシーズンが始まる。トラックシーズンに先駆けて、5〜6月にはロードレースの華、マラソンが各地で開催される。4月15日に開催された「ボストンマラソン」は、ロードレースのトップを切って開催されるシーズンオープナーである。今年は爆弾テロで多くの死傷者を出し、世界中から追悼と支援が寄せられた。
かつてマラソンは男だけのスポーツだった。しかし、ロサンゼルス五輪(1984年)でジョーン・ベノイトが優勝してから、アメリカのマラソンは女性ランナーのほうがメインストリームになった。米国ランニングシューズのトップブランド「ナイキ」は、社名まで女性になっているから、アメリカの女性ランナーはブランドメーカーにとってトッププライオリティのカスタマーなのである。

DCを舞台とした女子マラソン

ナイキは、女性ランナー対象の「ナイキ・ウーマン・ハーフマラソン in DC」(NWM-DC)をワシントンDCで2013年4月28日に開催し、1万5000人が参加した。ナイキの女子マラソンイベントはもともと白血病や血液癌の募金活動をサポートする目的で、04年にサンフランシスコで第1回大会がスタートした。13年は10周年にあたるため、特別企画のマラソンイベントを開催しているが、ワシントンDCレースは最大の目玉の一つになっている。
NWMは当初国内だけだったが、09年以降は世界中で開催されるようになった。ワシントンDCでの開催は初めてであるが、なにしろアメリカの首都だけあってホワイトハウス、キャピトル(国会議事堂)、スミソニアン博物館などの観光名所にことかかない。コースを観光スポット周回ルートにするのは最新マラソンの常識で、NWM-DCのスタートはキャピタルを直線で見通せるペンシルベニア・アベニューで、しかもホワイトハウスが至近距離の10丁目の交差点になっているから、至れり尽くせりのルート設定である。
過去10年間、マラソンイベントのメインストリームは「ワールド・マラソン・メジャーズ」(WMM)と考えられてきた。WMMはプロフェッショナルランナーのレースツアーで、世界のプロフェッショナルランナーの賞金レースである。これに対してナイキのNWMは、女性アマチュアランナー対象のチャリティーマラソンで、女性ランナーだけのマラソンでは世界最大規模のレースシリーズである。
アディダスやアシックスはWMMのオフィシャルスポンサー契約に熱心で、アディダスはボストン、ロンドン、ベルリンの3レースのオフィシャルスポンサーで、アシックスも東京、ニューヨークをスポンサードしている。
これに対してナイキはWMMレースでシカゴマラソンのオフィシャルスポンサーを務めているだけで、そのほかのメジャーマラソン大会でもほとんどスポンサードしておらず、メガマラソンイベントにあまり積極的ではない。ナイキのマラソンプロモーションは女性マラソンに集中し、しかもレース開催方式やスポンサード方式で、ナイキとレース主催者とのフレキシブルな協力関係を重視したシステムを育成してきた。
WMMのようなメガマラソンは、サッカーやテニス、ゴルフのグローバルイベントと競合するために開発されたレースシリーズで、プロフェッショナルランナーの華やかなレースを楽しめるようにプロデュースされている。しかし、ナイキのNWMは参加ランナーのエンターテインメントが最優先目的で、いかにランナーを楽しませるかに最大の配慮が払われている。
東京マラソンが13年からWMMに加入できたことで、日本ではWMMが最高グレードのマラソンレースと理解されている。しかしランナーの賞金ツアーのWMM と、アマチュアランナーの募金活動イベントのNWMは本質的に異なるレースである。

遅れている日本のマラソンイベント


「ナイキ・ウーマン・ハーフマラソン in DC」(NWM-DC)は、多くの面で次の時代のマラソンイベントの在り方を示唆するレースと見られている。本来の目的は血液癌の募金活動目的のチャリティーマラソンであるが、参加ランナーを楽しませるために多くのアイディアを打ち出しているからである。
最も人気の高いアイディアは、完走者に贈られるティファニーの特注ネックレスである。完走メダルの代わりだが、何しろティファニーのオリジナルデザインネックレスだから参加者に人気が高い。しかも、プレゼンターは選りすぐりのイケメンで、タキシードにボータイのドレスアップスタイルで、フィニッシュラインにずらりと並んで待ち受けている。
ナイキもオリジナルのレース限定コレクション「ウイ・ラン DC」を4月25日に発売した。直営のナイキ ジョージタウンストアだけで販売するから、事実上レース参加ランナーだけの専用モデルである。さらに、同レースには今をときめくUKエレクトロポップディーヴァ、エリー・ゴールディングも出走する。彼女のハーフマラソン挑戦に、ショーン・ジョンソン( 北京五輪体操メダリスト)、ジャネット・ジェンキンス(ナイキのエリートトレーナー)がロサンゼルスからサポートランすることも発表されている。ナイキはゴールディングとのコラボレーションモデル「EG」も発売した。
現代のマラソンレースでは、WMMのようなメガマラソン時代はとうの昔に過ぎ去っている。最新のマラソンレースはNWMの例で見ると、レース自体がメディアになって、主催者(チャリティ募金)、ナイキ(ニューコレクション販売)、ランナー(ラン&プレジャー)のマルチエンターテインメント複合体になっている。日本のマラソンイベントは周回遅れどころが、10周も20周も遅れているのである。